![]() |
|
司会 こんばんは。ようこそお集まりをいただきました。年代も性別もお仕事もマチマチで、どういう関係かさっぱりわからない集まり方ですが、電子掲示板への書き込みを拝見していますと、皆さん大変政治に強い関心をお持ちの方々でございます。ぜひ率直なご意見を承って、山崎拓さんの肉声をみんなで聞きたいと思いますので、よろしくお願いします。最初に山崎さんから一言ご挨拶と乾杯の音頭を。
|
![]() |
| 山崎 教育の問題とは、今日の教育改革会議の報告にもありますように、実に多岐にわたっています。独創的な能力を開発すること、科学技術創造立国として理数系の才能を大きく伸ばすことを最優先とする議論、または受験地獄というのをなくして、みんな平等に扱おうと、これは悪平等になる可能性もありますが、そういう議論。それから教育現場の不登校やいじめ、そういうものをなくすことに重点を置く議論。少年犯罪多発の折でもあり、道徳教育に重点を置く議論。さまざまな議論を百花斉放にどんどんやることがまず大事だと思うんです。これから教育改革が政治のメインテーマになるのは確実です。財政再建も確実に重要なテーマでこの二つが先行馬。同時に憲法改正が進行すると思います。 C うちの親が小学校の教師をやっているんで話を聞いていると、個人の個性を尊重すると言っていても、四〇人学級では難しいんじゃないかという気がします。公共事業に使うお金を先生を増やすことにまわして、少人数学級にできないかなと思うんですけど。 山崎 先生を増やすというのはないと思う。なぜかというと児童数が減っていますから。少子化で、特に都市部は合同・合併する方向です。 D 「数」ではなく教師の「質」の話が重要。子どもに対して、今受験戦争のシステムに乗っかっていると損だよっていうことを大人もわかっていて子どもも見透かしているのに、「いや待て、勉強しろ」みたいな。損得という話をしっかり誰も言わないですよね。 E 小学校の低学年までは先生は神様なんですよ。たぶん親よりも。親がこう言っても、先生はこう言っている。そこは損得と関係ない世代なんです。だからこそ教える側の質を上げることが重要なんです。 F 「ゆとり教育」をやっていこうとしていますけれども、僕は何を意図しているか全くわからないです。教育というのは遠い昔為政者からの圧迫や隷属から抜け出そうとして、自分たちが賢くなろうしたところから出発したんですよ。そういう観点が全く抜けていると思う。資源も何もないこの狭い日本がどうやってサバイバルできるかというと、教育しかないんですよ。戦中の焼け野原からこうやって立ち直ってきたのも教育の水準の高さがあったと思います。ですからやっぱり教育、これは第一においてもらいたいと思いますね。 G 私はともかく文部大臣になったらやりたいなと思うのは、英語教育ですね。さんざん言われてますけど、中学校、高校、大学、一〇年以上勉強していてしゃべれない。受験英語の弊害で、訳わかんない文法とか英作文とかしかできない。それよりもっとコミュニケーションとるための、聞いて話す力をつけるように変えたい。たとえば大学入試で英語のヒアリングを試験に占める割合の八〇%、九〇%にする。それだけでかなり違うと思うんです。それだけで日本の高校生、みんな英語聞くようになりますよ。訳もわからず覚えた英単語とか英作文というのは普通は忘れちゃうんですけど、耳で覚えたものっていうのは覚えているんですね。英語教育を変えるには入試を変えるのが一番かなと。 山崎 全く同感です。僕は単語は比較的知ってるんですよ。加藤紘一という人は英語ベラベラなんですがその加藤さんに「よく単語知ってるな」と言われる。ところが大学受験したとき、英語のヒアリングが何一つわからない。ペーパーテストはわかるんですけれども、ヒアリングが完全に〇点だったんです。日本の英語教育がいかに間違っているかということは身にしみてわかっています。 H 私は中学まで日本語はしゃべれなかったんです。ずっと外国で育ったんですけれども、ひとつ日本に帰ってきて日本の学校に入って思ったのは、勉強ができるできないというより、「人としてどうあるべきか」を説いてくれる先生があんまりいなかった。英語がしゃべれればそれにこしたことはないんですが、それ以前に社会の中における責任とかそういうことを小さい頃から叩き込んだほうがいいんじゃないかな。そういうことが希薄だから、殺してみたいから殺しちゃった、なんていうとんでもない子供が育ってしまう。取り返しがつかないことが世の中にはあるんだと、そういうことも考えられるような教育であるべきだと思います。 I 提案なんですけど、学校の先生って専門職じゃないですか、子どもを教えるという。もっと一般の人が学校の場で教えることができないのかなと。 J それは少し変わってきている。土曜日に普通の親が行ってお話をするような試みも始まっています。 B 小学校に上がる前、小さいときに多く接しているのは親なわけですよ。私もそうだし、周りの茶パツのネエチャンとか見るとそう思うんですけど、親に子どもを育てるノウハウというのが、どう育てたらいいかなんていうのが全然伝わってないんですよね。つまり昔は近所のおじさん、おばさんというのが何かと怒ってくれたし、おじいちゃんやおばあちゃんが近くに住んでいて、親にこうしろ、ああしろというのを言って、親がそれを子どもに対してやるということがあったわけですけど、結局今の親たちは子供をどう育てたらいいかというのが何もない。義務教育とまでは言いませんけど、子どもをはじめて持った親には、しつけ教育というのを義務化したほうがいいんじゃないですかね。そこまでやらなきゃだめなんじゃないかなと。要は電車に乗っていて、しつけがなってねえなというのを見ると、親がもっとなってないんですよ。 J 日本やばいな、それは。 |
![]() |
|
K 我々が子どもの頃は、小学校に入るまでの基本的なしつけは親がするものだと、私の親の世代にはそういう風潮がありましたよね。それがいつの間にか学校が子どものしつけまでするもんだという風潮になってきているんですね。まず、一人一人の大人がしっかり何をすべきかということを、親だから親じゃないからではなくて、自分たち大人がしっかりと次の世代を育てなければいけないんだという意味で、子どもにじっと見つめられて、目をそらさないでいられる行動ができるかどうかですね。自分一人一人の行動が、もしかしたら次世代、二十一世紀を担う人材の育成の一翼を担っているんだという意識で大人がやっぱり生活態度等を改めなければいけないなと。大人が皆さん社会の一員として、子供を育てていくんだという心構えを持たないとだめだと思います。親の立場でいうと、ものすごいプレッシャーなんですけど。
|