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女性っぽいイントネーションで「じゃあね」と
互いに素顔を見せているのかもしれません。私自身もそうですし、何ひとつ話せないことはない、というくらい話をしますね。週3?4回も深夜、話し込む。おい、そろそろ寝るか、というんで話が終わる。そのときに、彼は女性っぽいイントネーションで「じゃあね」と言うんですよ。あのいかつい柔道男がね。(笑い)何故かなって考えてみると、お子さんは3人ともお嬢さんで、彼自身は女兄弟しかいない。生まれたときも、育ったときも、結婚して子供が生まれても、全部女性。男のいない世界にいるから、「じゃあね」という違和感のある言い草になるんだね。
あなたにとってのライバルは誰ですか?と
どうしてこんなことになっちゃったのかな、と振り返ってみると、彼は一編の記事だ、と言うんですね。当選2回目のころかな。「自由民主党の若き将来の群像ホープたち」という小さな記事で、ひとりずつ紹介し、インタビューして最後に、ではあなたにとってのライバルは誰ですか?と。その時、ボクは山崎拓と言ったんです。彼の力量と生まれながら持っているある種の度量というものが感じられてね。ボクのように二世で、いろいろな経緯があって、政治家には向かないと思いつつ政界に入ってきた人間からみれば、彼はやはり指導者になる男だなあ、と思ったものだから正直にそう言った。その記事が彼の選挙区で評判になったらしい。そんなに高く評価してくれたか、ありがとうということだが、ボクにしてみれば当たり前のことを言ったに過ぎない。
娘さんがショックを受けて家出するという事件に
その後、週刊文春が各界の代表的な人物をとりあげて「この人と1週間」というシリーズをやっていて、ボクを取り扱おうと言ってきた。ボクは比較的選挙は安定している。山崎拓さんを取り扱ってほしい。彼の選挙運動にはすごく良いだろうと思ったものだから、お願いした。ところが、書き方がいかにも週刊誌的でね。後援会の集会を票集めのために駆け回る山崎拓、若手代議士。第1会場で浴びるほど婦人後援会の杯を受け、途中でトイレに駆け込んでむりやり吐いて、次の会場へ笑顔で行って媚を売る。票を集めるにはこれしかないのか、という記事になっちゃった。その記事を読んで、娘さんがショックを受けて家出するという事件にまで発展した。真実は、そんなに深刻なものではなかったらしいんだが、ボクも責任を感じてね。
実はボクの政治生活のかなりの部分は山崎拓がデザインしている
メディアの評判で、一般国民もそう勘違いしているんだけど、山崎拓は勉強しない体育会系で、ボクがインテリってことになってるらしい。ボクもそこそこ知性派だと自任はしているが、彼のほうがよりモノを考えたり、モノを読んでいる。彼の演説や毎晩の我々の会話には、ボクが知らない用語がどんどん出てくる。やはり、いまの自民党の中で、良識、知性派の代表的な人物で、グランド・デザインが描ける人。スケールの大きさがあって、人生をダイナミックに生きていくタイプ。そこの魅力は大きい。つい最近、朝日新聞の有為転変という特集の中で「参謀は野中さんじゃないですか」と聞かれて、ボクは「それは山崎拓です」とはっきり答えた。ちょっと騒ぎになったらしいが、実はボクの政治生活のかなりの部分は山崎拓がデザインしている。ボクにとってのチーフ・ストラテジスト、総参謀長は山崎拓ですよ。
ボクらもやろうよ、と紅白歌合戦のテレビの音が聞こえる中で
仮に我々の誰かが政権を執れることがあっても、すべてのポストをYKKで占拠してしまうなんてことはやめようね、とよく話をしているんだけど、どうもそんな風に思われているのかもしれない。YKKは平成2年の大晦日の晩に、ボクが山拓さんの福岡の自宅に電話して、我々も当選回数を重ねて一応大臣にもなったし、党のこと、国のことをのびのびと語り合う会を持ちたい。伊東正義、藤尾正行、奥野誠亮と、まったく思想信条の違う先輩政治家たちが、何ヶ月かにいっぺん嬉々として集っているではないか。うらやましいね。ボクらもやろうよ、と紅白歌合戦のテレビの音が聞こえる中で言い合ったのが最初なんですよ。もうひとり、誰にするというから、小泉純一郎はどうだ、と言ったら、あれは変わり者でエキセントリックでねえ、と言う。いや待て待て、ああいうタイプがメディアにもてはやされる時代が来るぞ、と。(笑い)そうかもしれんなあ、ということで始まって、もうすぐ10周年です。かつて、大福関係、安竹関係というのがあったけど、よく見ると最高で3年続いた程度のものなんです。だから、10年の間には政局的には互いに対立することもいっぱいあったが、続いているのは、自分にとっても誇りだと思っている。(談)
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